福岡地方裁判所飯塚支部 昭和58年(ワ)55号 判決 1984年7月26日
第五五号事件原告・第六三号事件被告
畠中啓次
第五五号事件被告・第六三号事件原告
山本二
主文
一 別紙記載の交通事故に基づき、五五号事件原告(六三号事件被告)が五五号事件被告(六三号事件原告)に対して負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。
二 六三号事件原告(五五号事件被告)の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、五五号事件、六三号事件を通じ、全部五五号事件被告(六三号事件原告)の負担とする。
事実
第一当事者が求めた裁判
(五五号事件)
一 五五号事件原告(六三号事件被告。以下、単に「原告」という。)
主文一項と同旨及び訴訟費用五五号事件被告(六三号事件原告。以下、単に「被告」という。)負担の判決
二 被告
請求棄却、訴訟費用原告負担の判決
(六三号事件)
一 被告
原告は、被告に対し、二、五二一、三二〇円とこれに対する昭和五八年四月一一日から完済まで年五分の金員を支払え。
との判決
二 原告
主文二項と同旨及び訴訟費用被告負担の判決
第二当事者の主張
(五五号事件)
一 原告の請求原因
(一) 事故の発生
別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(二) 責任原因
原告は、原告車の運転者として、被告に対し民法七〇九条の責任を負う。
(三) 損害
被告は、本件事故により被告車フロントバンパー、フロントバンパーステー、ラジエーターグリルに修理代金二九、一〇〇円相当の損傷を受けた。
(四) 損害のてん補
原告は、被告に対し、右修理代金二九、一〇〇円を支払つた。
したがつて、被告の損害はすべててん補され、本件事故による原告の損害賠償債務は存在しない。
(五) 確認の利益
しかるに、被告は他にも損害があると主張し、原告に損害賠償金の支払を求めている。
(六) よつて、原告は、本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は存在しないことの確認を求める。
二 請求原因事実に対する被告の認否
(一) 請求原因(一)ないし(三)項の事実は認める。
(二) 同(四)項前段の事実は認め、後段の主張は争う。
(三) 同(五)項の事実は認める。
三 被告の抗弁
(一) 責任原因
原告は、民法七〇九条による責任のほか、原告車の所有者で、自己のため運行の用に供する者であり、自賠法三条一項により損害賠償の責任を負う。
(二) 損害
被告は、本件事故により、原告主張の損害以外にも次のとおり損害を被つた。
1 受傷、治療経過等
(1) 受傷
両膝部挫傷
(2) 治療経過
昭和五七年一一月四日から同五八年五月三一日まで木原外科医院で治療
(3) 後遺症
両膝部疼痛の後遺障害(自賠法施行令別表後遺障害等級一四級に該当)
2 治療費 五三七、六〇〇円
3 通院交通費 五八、三二〇円
西鉄バス菰田小学校前から穂波農協前まで往復運賃三六〇円、通院日数一六二日
4 休業損害 二二五万円
被告は、本件事故当時飯塚市の三洋企画に勤務し、一か月二五万円の賃金を得ていたところ、本件事故により昭和五七年一一月二日から同五八年七月三一日まで九か月間休業を余儀なくされた。
5 慰藉料 八七〇、四〇〇円
受傷の部位・程度、治療の経過、後遺障害の内容等からすると、原告の精神的苦痛を慰藉するものとしては右金員が相当である。
6 物損 五、〇〇〇円
被告車のハンドル回りが悪くなつたため、サスペンシヨン点検調整をした代金
(三) 損害のてん補 一二〇万円
自賠責保険から右金員が支払われた。
(四) したがつて、被告は原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として、(二)項の損害金合計三、七一六、三二〇円から前項のてん補額を控除した残額二、五二一、三二〇円の請求権を有している。
四 抗弁事実に対する原告の認否
(一)1 抗弁(二)項1(1)、(3)の事実は否認する。
本件事故により人身傷害は生じていない。
同(2)の事実は知らない。
2 同2、3、5の事実は知らない。
3 同4、6の事実は否認する。
(二) 抗弁(三)項の事実は認める。
(三) 同(四)項の主張は争う。
五 被告の再抗弁
(一) 原告は被告に対し、二万円を迷惑料として支払つた。
(二) 被告は、自賠責保険から後遺障害保険金として七五万円を受領した。
六 再抗弁事実に対する被告の認否
(一) 再抗弁(一)項の事実のうち、被告が原告から二万円の支払を受けたことは認める。右金員は見舞金として支払を受けたものである。
(二) 同(二)項の事実は認める。
(六三号事件)
一 被告の請求原因
(一) 事故の発生
本件事故が発生した。
(二) 責任原因
五五号事件請求原因(二)項及び抗弁(一)項のとおり。
(三) 損害
五五号事件抗弁(二)項のとおり。
(四) 損害のてん補
五五号事件抗弁(三)項のとおり。
(五) よつて、被告は原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として(三)項の損害金から前項のてん補額を控除した残額二、五二一、三二〇円とこれに対する本件不法行為後の昭和五八年四月一一日から完済まで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因事実に対する原告の認否
(一) 請求原因(一)項の事実は認める。
(二) 同(二)項の事実中、五五号事件請求原因(二)項の事実は認める。
(三) 請求原因(三)項の事実の認否は、五五号事件抗弁(二)項の事実に対する認否のとおり。
(四) 請求原因(四)項の事実は認める。
三 原告の抗弁
五五号事件再抗弁のとおり。
四 抗弁事実に対する被告の認否
五五号事件再抗弁に対する認否のとおり。
理由
第一五五号事件について
一 請求原因(一)、(二)、(三)、(五)項及び(四)項前段の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の抗弁について判断するに、まず、本件全証拠によつても、本件事故により被告が両膝部挫傷の傷害を受けたものであるとは認め難い。すなわち、
(一) 成立に争いのない甲一号証、二号証の一・二、三号証、四号証の一・二、五、一三、一四、一五号証、一六号証の九・一〇、昭和五七年一一月一〇日撮影の被告車の写真であることにつき争いのない甲七号証の三・四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲七号証の一・二、弁論の全趣旨により昭和五七年一一月ころ撮影の原告車の写真であると認められる甲八、一二号証、証人木原弘之の証言、原告及び被告(後記採用しない部分を除く。)各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、本件事故当時原告車を別紙図面表示の<2>地点に一旦停止したあと、同地点から地点に後退させて駐車しようと考えたが、付近にいたガードマンから<甲>の方へ行くように指示されたため、<2>地点から<3>地点の方へ時速五ないし一〇キロメートルで約三・一メートル後退したところ、被告車に衝突したこと。
2 右衝突により、原告車のリアバンパー左側角付近が被告車のフロントバンパーに当たり、フロントバンパーを押し曲げるようにして原告車のリアバンパーが被告車のフロントバンパーの下に入り、被告車のフロントバンパーに凹損が生じ、ラジエーターグリルに損傷が生じたこと。
右損傷による修理費用は、フロントバンパー及びラジエーターグリルの取り替え費用を含めて二九、一〇〇円であつたこと。
また、右衝突により原告車は左側テールランプが破損し、リアバンパー左側に擦過痕が生じたこと。
3 事故当時、被告は被告車の運転席に座つていたが、事故直後、被告は膝を負傷したとの意識はなく、原告に対し、膝の負傷については何も告げなかつたこと。
そして、足をひきずるようにして歩く被告を見て、原告が理由を尋ねたところ、被告は、以前工事現場で崖から落ちて負傷したものである旨説明したこと。
4 被告は、本件事故のあと、事故当日はオートレースで遊び、三日後の一一月四日、それ以前から労災事故による傷害の治療を受けていた木原外科医院に右傷害の治療を受けるため入院するとともに、本件事故により両膝を負傷したとして診療を受けたこと。
5 その際、被告は両膝の痛みを訴えていたが、軽度の腫脹が認められるものの、他に外傷はなく、水もたまつておらず、治療方法も被告の愁訴に応じて湿布をしたに留ること。
その後、同月一一日にしたレントゲン撮影の結果も両膝の骨には全く異常はなかつたこと。
しかし、前記木原外科医院の木原弘之医師は、被告が痛いという以上治療せざるを得ないとの考えで、結局翌五八年五月三〇日まで湿布による治療を続けたこと。
6 前記労災事故は、被告が本件事故の少し前である昭和五七年一〇月七日崖から七、八メートル転落し、腰を打撲したというものであり、被告は、同月一六日から木原外科医院で治療を受け、左臀部から大腿部にかけて圧痛を訴え、歩行障害が認められたこと。そして、同月二八日には右下肢の疼痛、同年一一月一日には腰痛及び両下肢の疼痛を訴えていたこと。
以上の事実が認められるところ、被告本人尋問の結果及び成立に争いのない乙二六号証(被告作成の事情陳述書)中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し難い。
(二) ところで、被告は、「運転席に座り、左手はハンドル、右手はシート調節レバーに手をかけ、原告車を見ながらシートを調節中、約一〇メートル前方から後退してきた原告車の衝突により、計器盤下の角で両膝を強打負傷した」旨供述し、前記乙二六号証にも同様の記載及び「原告車は瞬間車速三〇キロメートル以上は出ていた」旨の記載があり、また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙三、一八号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる乙五ないし八号証、一七号証(いずれも前記木原医師作成の被告の診断書ないしその写)には病名として「両膝部挫傷」の記載があることが認められる。
しかしながら、前認定のとおり、原告車が後退走行した距離はわずかに三・一メートルで、その際の速度も時速五ないし一〇キロメートルにすぎず、衝突による物損も被告車のフロントバンパーの凹みとラジエーターグリルの損傷(なお、被告車の修理の際、ラジエーターグリルの取り替えを行つているが、前掲甲七号証の三・四の被告車の写真によつても、右ラジエーターグリルの損傷は軽微なものであつたことが明らかである。)、原告車の左側テールランプの破損とリアバンパーの擦過痕の発生にとどまつている(被告供述のように約一〇メートルくらいの距離を時速三〇キロメートル以上で走行し、衝突したものとすれば、原・被告車の損傷は右の程度にとどまるものとはとうてい考えられない。)ことに徴すると、右程度の衝突事故で、被告車の運転席に座つていた被告に両膝部挫傷の傷害が生じるかどうか極めて疑わしいといわなければならない。
そして、現に被告は、本件事故直後膝を負傷したとの意識はなく(真実本件事故により両膝部挫傷の傷害を受けたのであれば、直ちに痛みを感じるものと思われる。)、原告に対して膝の負傷については何も告げず、事故の三日後に医師の診療を受けたが、軽度の腫脹が認められたものの、外傷はなく、水もたまつておらず、骨にも全く異常がなかつたため、被告の愁訴により湿布治療がされたにとどまるのであつて、これらの諸事情を総合勘案すると、本件事故により、仮に被告が両膝を被告車の計器盤下の角で打つたものとしても、それが「両膝部挫傷」という傷害にまで至つたものであるとは考えられず、ましてや、事故後七か月間も治療を要するものであつたとはとうてい認め難いものというべく、被告の前記供述及び乙二六号証の記載は採用できない。
また、前掲各診断書の「両膝部挫傷」の記載は、木原医師により「被告が痛いという以上治療せざるを得ない」として湿布治療を続け、それによりつけられた病名にすぎず、他に他覚的症状もなかつたのであつて、前認定の事情に照らし、右診断書の記載から真実被告が本件事故により両膝部挫傷の傷害を負つたものであると認めることもできない。
そして、他に被告が本件事故により両膝部挫傷の傷害を負つたものと認めるに足りる証拠はない。
三 そうすると、本件事故により両膝部挫傷の傷害を負つたことを前提とする被告の治療費、通院交通費、休業損害、慰藉料の各損害の主張は前提事実を欠くもので理由のないことが明らかである。
四 次に、物損の存否について判断するに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙四号証と前掲乙二六号証によると、被告は、「本件事故により被告車の足回りがいたみ、極端に右寄りに走る状態になつた」として、費用五、〇〇〇円を要するサスペンシヨン点検調整を受けたことが認められる。
しかしながら、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙七号証の二によると、古谷剛の調査結果では被告車のハンドル回りの不具合は本件事故によるものではないと判断されたものであることは明らかであるところ、これに既に説示したような本件事故の状況をも併せ考えると、本件事故により被告車のハンドル回りが悪くなつたものとは認め難いといわざるを得ず、他に本件事故と被告車のハンドル回りの不具合との因果関係の存在を認めるに足りる証拠はない。
五 以上によれば、被告の抗弁は、その他の点について判断するまでもなく理由がない。
第二六三号事件について
五五号事件についての二ないし四項説示のとおり、被告主張の損害を認めることはできないから、被告の請求は理由がない。
第三結論
以上の次第で、原告の五五号事件の請求は理由があるからこれを認容し、被告の六三号事件の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 喜久本朝正)
(別紙)
交通事故
一 日時 昭和五七年一一月一日午後二時ころ
二 場所 飯塚市鯰田飯塚オートレース場駐車場内
三 加害車両 普通乗用自動車(福岡五七ほ九一五八。以下「原告車」という。)
右運転者 原告
四 被害車両 普通貨物自動車(福岡四五せ八六二一。以下「被告車」という。)
被害者 被告
五 態様 原告が原告車を後退走行させた際、飯塚オートレース場駐車場に入庫のため入口付近で停車していた被告車前部バンパーに原告車後部バンパーを衝突させた。
別紙図面